アメリカ憲法史上もっとも有名な判例の一つであるブラウン事件判決。これにより「分離しても平等」と正当化された人種分離教育は否定され、白人と有色人種が学校で席を並べる新たな時代が始まった。
しかし、アメリカの「伝統」を覆すことに対する白人層からの反発は大きく、リトルロック高校へ進学した黒人(アフリカンアメリカン)生徒9人の安全を守るため、大統領はついに連邦陸軍をこの田舎町に派遣した。これがアメリカ人なら誰もが知っているリトルロック高校事件の概略。
ブラウン判決とリトルロック高校事件のことはあちこちで度々目にするが、もっと詳しく知りたいと常々思っていた。そこへこの本の紹介文が飛び込んできた。
ELIZABETH AND HAZEL ~ TWO WOMEN OF LITTLE ROCK
リトルロック高校事件の象徴とされている有名な写真がある。この本の表紙下半分を飾っている写真だ。アメリカのたいていの教科書には、この写真が載っているらしい。
自分をにらみつける周囲の大人たちを無視して平然と歩むサングラスをかけた黒人少女。そして彼女へ向けて怨嗟の言葉を浴びせかける白人少女。前者はエリザベス・エックフォード、リトルロック高校へ入学した有色人種第1期生の1人。後者はヘイゼル・ブライアン、オシャレと恋愛にしか興味の無かった平凡な女子高生。1957年9月4日に撮影されたこの写真が、2人のその後の人生を決定づけた。その写真を撮影した写真家デイビッド・マルゴリックによって、リトルロック事件と「2人のその後」が描かれているのがこの本だ。
州兵、警察官に至るまでありとあらゆる大人がたった1人の少女を取り囲み罵声を浴びせる様は、活字で読んでいてもあまりにも醜悪だ。それだけに、市民が暴徒化したときに備えてエリザベスを守れる位置にさりげなく移動する州兵がいたり、ニューヨークなど都会から来た男性記者たちが彼女の防波堤になろうとした事実に心が救われる。しかし彼ら男性にはそれだけで精一杯。エリザベスを抱き寄せ、人垣を押しのけ、バスを捕まえて彼女を安全な場所まで避難させたのはグレイス・ロウチ、たった1人のよそ者白人女性だったことが興味深い。
1957年当時、エリザベスを含む9人の高校生たちに浴びせられた言葉は「アフリカへ帰れ」。ヘイトスピーチは60年前も今も、日本でもアメリカでも全く変わらず、そこに何らの創造性もオリジナリティもないことに少々驚いた。
ついに大統領が動き、後にリトルロック・ナインと呼ばれる高校生たちが登校できるようになってめでたしめでたし、とはならない。むしろメディアの注目が去った後、9人の高校生たちに対する嫌がらせは陰湿さを増し、結局ほとんどの子たちはリトルロック高校を卒業できなかった。エリザベスも卒業できなかったばかりか、その後長年にわたりPTSDに苦しむことになる。
他方でヘイゼルも、もともと政治的社会的問題に全く関心など無かったにも関わらず、その場の勢いに任せてエリザベスを罵倒し、たまたまその場面が写真に撮られていたがために「リトルロックの少女」という十字架を背負い続けることになる。しかしこちらはエリザベスと異なり、その痛苦の経験をプラスに変え、かつて自分が差別した黒人を含む貧しいマイノリティの若者を支援する市民運動のリーダーとなっていく。
アメリカン・ライターは、良くも悪くも読者を引きつける文章文体の構成に秀でた人が多い。しかしこの本の著者は、本業が写真家だから仕方ないと思うが、流れるような文体とは言えない。プロのライターなら切り捨てるであろう細かいエピソードも満載で、それを全部載せようとするところに彼の誠実さを感じる。非英語話者である僕には決して読みやすい本とは言えないし、全然ハッピーエンドではないストーリーではあるが、アメリカ人権史を代表する事件のディティールと偉大な女性2人の人生をありのままに知ることができた満足感には相当なものがあった。
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