以前、知人から「國本君の仕事は安心を売る仕事だね」と言われた。
弁護士業をサービス業と呼称することには未だに抵抗があるけど、お金をもらって仕事をしている以上、何かを「売ってる」ことは間違いない。
日本の企業は、そこそこの規模の事業でも契約書の作成を弁護士に頼まないところが少なくない。契約書などあれば良いほうで、なかには見積書と受発注書、納品書だけで取引している会社もある。最もミニマムなのは見積書だけ。
ちゃんと契約書を作っているところでも、発注元や元請けから提示された契約書を自分とこでモディファイして使い回したりする。契約書の内容を正確に理解しているわけではないし、専門家の助言なしに適当に改訂してるから、本当にこれでいいのだろうかと不安を抱えながらそういった自作契約書を使っていることが最近やっと分かってきた。
不安を自覚してたら弁護士のもとへ相談に来るかというと、そうでもない。不安があるからといって弁護士に相談するという発想に日本社会ではなりにくいし、また弁護士にどうアクセスすべきかピンと来ない人も、僕らの側が思っている以上に多いようだ。税理士や会計士、取引先企業その他実際に弁護士をよく使っている人に「それは弁護士に相談すべきだ」と言われて初めて、弁護士のもとを訪れるというケースがほとんどだ。
そうした数多くのハードルを乗り越えてきてくれた人たちに対して、最初から全力で応えるのが弁護士の仁義だと思う。不安を抱えて「安心」を買いに来てくれているのだから、適切な「安心」を売らなければならない。加えて僕がここで意識しているのは、わざわざ来てくれたのだからその不安に対応する「安心」だけでなく、プラスアルファを持って帰ってもらおうということ。
例えば交通事故の相談者。質問に答えるのは当たり前。加えて、本人が知らない「交通事故当事者が知っておくべきこと」を知ってもらう。ここまでが最低限のプロの仕事。さらに僕の場合、本人の加入している自動車保険の内容を確認し、弁護士特約・生活賠償特約・全損特約の特約3セットへの加入を勧める。全損特約はマイナーすぎて、保険代理店をしている人の中にも知らない人がいる。そういう人たちに相談本体プラスおみやげとして、この情報を持って帰ってもらう。
自動車ディーラーであれば、「弁護士がこう言ってましたよ」とオプションを勧める営業トークのネタとして、ドライブレコーダーが訴訟において果たす機能を伝える。
先日のように契約書作成の依頼者であれば、「国際取引の秘密保持契約書で最も大事なのはこの2点ですよ」とポイントを伝えれば非法律家でも、今後はいちいち全てを法律家に相談しなくても、取引先から提示された契約書の要点をある程度は読みこなせるようになる。そして、契約書だけでは穴が空くところをメール等の工夫でどうプロテクトするかを知ってもらう。
「おもてなし」系の営業本によく書いてある「お客様の想像以上の“おもてなし”をしましょう」なんてのは、「そんなことまでやるから日本では消費者が図に乗るんや」と毛嫌いしてた。けど、よくよく考えると自分も似たようなことをしてきている。どの業種業態の人でも相手の役に立てて、喜んでもらえたら嬉しいやね。
とはいえ、弁護士の本質はどこまで行っても職人であって、営業マンではない。オプションのおみやげをどんなに豪華にしたところで、相談者依頼者が買いに来た「製品」そのもの=「安心」の品質が悪かったら元も子もない。そして「安心」の品質追求は、引退するまで常に向上に努めるべき終わりのない作業。弁護士は職人だから仕方ないとはいえ、長年歩き続けるには、これはなかなか険しい道である。