2019年1月13日日曜日

The Blind Side「しあわせの隠れ場所」とアメリカ社会


今日は柔術の練習に行くつもりだった。ところが起きてくると妻が英語字幕学校の課題映画を流していてそれに引き込まれてしまい、家を出損なってしまった。

映画のタイトルは The Blind Side。邦題は「しあわせの隠れ場所」。最近よくあるチープかつ出来損ない邦題の代表のようなタイトルだ。

ワーナーの公式ホームページ↓

この映画を観たのはずいぶん前のこと。そのときの印象はよくある実話ベースのお涙頂戴、だけど不思議な魅力のある映画。印象に残っていたシーンは次の2つ。

「後でわたしに感謝することになるよ」と言いながらアメフトの練習にズカズカ入っていって勝手にマイケルに助言し、それが功を奏したのを見せつけたところで、サンドラ・ブロック演じるリー・アンがアメフト監督のバットに言うセリフ。

 I said you could thank me later. It's later, Burt.

公式翻訳は「御礼を言って。今がその時よ」。リー・アンの率直で強気なキャラクターを加味しての意訳になっていて、さすがプロの仕事。直訳的に訳せば、「後でわたしに感謝することになるって言ったでしょ。今がそのときよ、バート」って感じだろうか。
しかしこの“It's later”っていう言葉、laterって形容動詞だからBe動詞の目的語にはならないはずで文法的にはおかしいんだけど、その言葉遊びが英語的であると同時に、リー・アンのキャラクターを一言で表していて前に見たときも印象に残ったし、今回見直して改めて魅力的なシーンだと思った。

もう一つは、家庭教師スーの採用面接シーン。面接の最後にスーがリー・アンに「わたしを雇うに際して、あなたには言っておかなければならないことがある」と言って、彼女の秘密を打ち明けるシーン。

I’m a Democrat.

「わたし、民主党なの」

本編の舞台はテネシー州メンフィス。行ったことはないけど、この一言で「共和党にあらずば人にあらず」の土地柄なのが分かる。日本から見るとアメリカは共和党と民主党の二大政党で両者が拮抗しているように見えるけど、民主党支持者というだけで変人扱いされる地域が実は少なくないようだ。公式翻訳は「民主党支持なの」だけど、あちらでは支持者と党員の境目はあまりないし、テネシーでわざわざ民主党支持になる人は恐らく党員と見て間違いないだろう。だから僕はここの訳は「民主党員なの」もしくは「民主党なの」が適切だと思う。

さて、このDVD、オプションの映像特典が豪華だ。本編に登場する各大学の監督たちが、いずれもその当人であることを知って驚く。サンドラ・ブロックとリー・アン本人との会話は見るからに波長が合ってて、サンドラ演じるリー・アンのキャラがより一層見えたような気がする。
本作を撮った監督と原作者との会話が圧巻だ。原作と本作それぞれの制作過程やその背景が明かされる。

驚いたのは、リー・アンの父親が暴力的なレイシストだったという話だ。そのような家庭で育った彼女が自覚的に人種差別に与しない人間になったのは、夫であるショーンの影響が大きいと言う。多くのハイレベル白人バスケ選手がそうであるのと同様に、ショーンは学校外で黒人少年たちとストバスをしながらニューオーリンズで育ったため、黒人の友達も多い。過激な白人至上主義者であるリー・アンの父親が参列している結婚式でショーンの介添人は黒人の友人に務めてもらったというのだから、若いときから腹の据わっている夫婦だったのだろう。

2人は、他地域の人が抱いている「夫に従順で一歩下がる南部女性」というイメージと異なり、実際の南部女性は意見をハッキリ言う人が多いと言う。ただし「我が家で決定権を持ってるのは妻だ」という男性は、実際には女性に対して支配的な男だとも言う。しかし2人はショーンに関しては本当だと口を揃える。そして南部女性の中でもリー・アンは本当に特別なんだと。

本作に出てくる女性はみんな強くてタフだ。母親のリー・アン、家庭教師のスーは言うに及ばず、妹のコリンズもNCAA調査官に至るまで物語の鍵を握るのはみな女性で、かつ強い。
意外なことに監督のジョン・リー・ハンコックは、制作時にはそのことを意識してなかったのだという。脚本を完成させて映画を撮影して完成してみれば、結果的にそうなっていたのだと言うのだ。これまた興味深いエピソードだ。

1度目を英語字幕で観て、映像特典にすべて目を通し、日本語字幕で2度目を観たら、貴重な休みの1日が終わってしまった。タイトルが暗喩するアメリカ社会の闇の部分と、アメリカ文化を構成している人々が放つ光の部分の両方が一つ一つのシーンに盛り込まれつつ、それをサラッと表現しているところが本作の魅力なんだと思う。

なお、タイトルになっているクオーターバックのブラインドサイド(死角)とマイケル・オアーのポジションについては、こちらのナンバーの記事が参考になった。